なぜ「21」なのか — 3,307の価値観と21の構造的必然性
3,307という数
2025年、AIの研究機関が興味深い実験を公開した。
70万件の実際の会話データを分析し、そこに現れるすべての「価値観」をボトムアップで抽出したのである。結果、発見された価値観の数は3,307。Practical(実用的)、Epistemic(認識的)、Social(社会的)、Protective(保護的)、Personal(個人的)の5つの大カテゴリに分類された。
3,307。
この数を聞いたとき、二つの反応がありうる。「そんなにあるのか」という驚き。あるいは「それは本当に価値観なのか」という問い。
シュワルツは半世紀にわたる研究で、人間の基本的価値観を10に絞った。後に19に精緻化した。私は21としている。そしてAIは3,307を見つけた。
いったい、価値観はいくつあるのか。
地図の縮尺
答えを出す前に、一つの比喩を考えてみたい。
地図には縮尺がある。1:1の地図は、理論上は完全に正確だが、まったく役に立たない。ボルヘスが『学問の厳密さについて』で描いた帝国の地図——国土と寸分違わぬ大きさの地図——は、使う者に何も教えない。
一方、地球全体を一枚に収めた地図は、大陸の形は見えるが、あなたの家の前の道は見えない。
有用な地図とは、目的に応じた適切な縮尺を持つ地図である。
3,307の価値観は、1:1に近い地図である。人間の価値表現のあらゆる細部を写し取ろうとしている。「コードの読みやすさを重視する」「子どもの教育機会を守りたい」「週末は自分の時間がほしい」——これらはすべて、ある文脈における価値の表現である。
しかし、「コードの読みやすさ」と「論理の明晰さ」と「部屋の整理整頓」の背後には、同じ構造的な力が働いている可能性がある。それをシュワルツは「秩序(Conformity)」と名づけた。
3,307は、価値の表現である。10や19は、価値の構造である。
シュワルツの道——10から19へ
シュワルツが10を19に精緻化したとき、彼は何をしたのか。
彼は「動機づけの連続体(motivational continuum)」という原理に忠実であろうとした。円環上の隣り合う価値観は動機づけが連続的に変化するはずだが、10個の分類では粗すぎる箇所があった。
たとえば「自己決定」という価値観には、「独立して考えたい」という知的な自由と、「自分で行動を選びたい」という行動的な自由が混在していた。この二つは似ているが、別の動機である。前者を「思考の自己決定」、後者を「行動の自己決定」として分離することで、円環の解像度が上がった。
同様に、「普遍主義」は三つに分かれた。すべての人への関心、自然への関心、異なる他者への寛容。これらは「自分を超えた存在への配慮」という点では共通するが、向かう方向が異なる。
シュワルツの精緻化は、望遠鏡のピントを合わせる作業に似ている。見えているものの輪郭が、より鮮明になる。しかし、見えているものの数が変わるわけではない。
なぜ21なのか
では、Ictus Values®はなぜ19ではなく21なのか。
シュワルツの19価値観は、二つの軸で整理された平面上にある。変化への開放性と保守。自己高揚と自己超越。この二次元の地図は、価値観の「何を」大切にするかを見事に描き出している。
しかし、この地図には見えないものがある。
同じ「達成」を追い求める二人の人間がいたとして、一人は「認められたい」から走り、もう一人は「可能性を発揮したい」から走っている。シュワルツの円環では、二人は同じ位置にいる。しかし、二人の経験は根本的に異なる。
バレットの意識発達理論は、この違いを「欠乏動機」と「成長動機」として捉えた。マズローの欲求階層は、物質的な充足から概念的な充足への発達の方向性を示した。
この「高さ」の次元を加えたとき、二次元の円環は三次元の空間になる。そして三次元空間の中に価値観を配置し直したとき、シュワルツの19では足りない場所が現れた。
具体的には、「謙虚(Humility)」の独立化と、「普遍主義」のさらなる分化である。シュワルツが19に追加した「謙虚」を、三次元空間での位置から再解釈すると、それは単なる自己抑制ではなく、「自分の小ささを知ることで世界の大きさを知る」という意識の転換点に位置していた。また、「普遍主義」の中で「自然への関心」をさらに分けると、「生き物と共に生きる」ことと「地球という惑星と共に生きる」ことは、関係性の範囲が異なることが見えてきた。
21という数は、理論的な必然から導き出されたものである。二次元では19で十分だが、三次元では21が必要になる。
ボトムアップとトップダウン
3,307の価値観を発見したAIの研究は、もう一つ重要なことを教えてくれる。
その5つの大カテゴリ——Practical、Epistemic、Social、Protective、Personal——は、シュワルツの円環構造と驚くほど重なる。ボトムアップで発見された構造が、トップダウンで理論化された構造と収束するのである。
これは偶然ではない。
第一部で論じた結晶のメタファーを思い出してほしい。3,307の価値観は、一人ひとりの中で結晶化した個別の価値——結晶の個々の形態——に相当する。雪の結晶が無数の形を取るように、価値の表現は無限に近い多様性を持つ。
しかし、すべての雪の結晶は六回対称性を持つ。水分子の結合角という構造的制約が、多様性の中の普遍性を生み出している。
同様に、3,307の個別の価値観も、人間という存在の構造的制約——何を大切にしうるか、何に動機づけられうるか、どのような関係性の中に存在しうるか——によって、21の基本構造に収束する。
3,307は、21の具体的な現れである。21は、3,307の構造的な骨格である。
問いの転換
「価値観はいくつあるのか」という問いは、実は正しくない。
正しい問いはこうだ。「どの縮尺の地図が、あなたの人生を照らすのか」。
3,307の地図は、AIにとって有用である。個々の文脈で、どのような価値が表現されているかを精密に捉えることができる。しかし、あなた自身が「自分は何を大切にしている人間なのか」を知りたいとき、3,307の選択肢は途方もなすぎる。
10の地図は、文化横断的な比較に有用である。国や地域による価値観の傾向を大きく把握できる。しかし、あなたと隣の人の違いを捉えるには粗すぎる。
21は、個人が自分自身を理解するための縮尺として設計されている。大きすぎず、小さすぎず。あなたの中にある価値観の結晶を、その構造が見える解像度で描き出す。そして、三次元空間の中に配置されることで、「何を」大切にしているかだけでなく、「どこから」それを大切にしているのかまでが見えるようになる。
地図の良し悪しは、縮尺の大小では決まらない。
目の前の道を照らすかどうかで、決まる。
参考文献
- Schwartz, S. H. (2012). An overview of the Schwartz theory of basic values. Online Readings in Psychology and Culture, 2(1).
- Schwartz, S. H., et al. (2012). Refining the theory of basic individual values. Journal of Personality and Social Psychology, 103(4), 663-688.
- Anthropic. (2025). Values in the Wild: Discovering and Analyzing Values in Real-World Language Model Interactions.
- Borges, J. L. (1946). Del rigor en la ciencia.(『学問の厳密さについて』)